聖輦船といわれる船が幻想郷の空をちょくちょく飛ぶようになった初夏のころ。
その日、幻想郷の境界にあるという博麗神社の主、博麗霊夢はいつものとおり日課の掃除をこなし、これまた日課の日向ぼっこの真っ最中であった。
手持ちぶさただからといって、普段は手に取らない新聞(頼んでもいないのに鴉天狗が持ってくるものだ)に手を伸ばし、おもむろに見出しに目を向ける。
『速報 謎の毛玉大発生!妖怪も手を焼く大増殖』
毛玉とは精霊の一種である。普段は自然現象と同じで、目にとまることもないが、時々大きな魔力などに呼応し不安定になると、人の目にとまるようになる。異変の調査に出かける時など、良く襲われる(といっても、たいした邪魔でもない)が、聖輦船の騒ぎ以降は目立った異変らしい兆候もない。
じゃあ、いったいなぜ?
原因は程なくしてやってきた黒い魔法使い……霧雨魔理沙が教えてくれた。
「お、お前もそのネタ気になったのか」
「そりゃ、普通見かけないものが増えてるといえば気にもするわ」
「へへ、私はもう調査を始めたんだがな、毛玉どもが隠れてるところを掘り返したらおもしろいものが出てきやがった」
そういって差し出したのは小さな円盤。忘れもしない造形である。
「……わかりやすい証拠だこと」
「な。しかもここ数日、アイツは寺から姿を消してるらしい。住人がいうには、3日ほど前からフラっといなくなったとさ」
3日前……手元の新聞に目をやる。
「毛玉の増殖が始まったのは……3日前か、この新聞もたまには役に立つわね」
「証拠はばっちり。あとはしょっぴくだけだが……」
「だが、何よ」
「森の方もえらいことになってるんでな、我が家が大事になる前に私は森に引き上げる」
「え、ちょっと」
「ホシを挙げるのはお前さんに任せるぜ、そんじゃよろしくなー!」
あっさり飛び立ってしまう魔理沙。
「は?……ああもう、仕方ないわね異変なんでしょ解決に行けばいいんでしょ!」
そうして半ば責任を押しつけられる格好になって、霊夢は出発した。
とにもかくにも犯人の足取りを探そうと、まずは一番近い人里に向かった。普段なら多くの人で賑わっているはずの里は今は物音一つせず静まりかえっている。いつかの夜に感じたような雰囲気。ただ一人、里の守護者、上白沢慧音だけが外にいた。
「やっぱりあんたか」
「霊夢」
「わかってるわ、毛玉の騒ぎでしょ。見張り?」
「見張りもだが、他の集落を今から『隠し』にゆくところだ。人が住んでるのはここだけではないからな」
「私は犯人捜しをしてるんだけど、そうそう、あんた心あたりない?最近できたお寺、あそこにいた鵺の子がとても怪しいんだけど」
「鵺か……。満月の夜なら、足取りも判るんだが……すまない」
「となると、これは心当たりを片っ端から調べて回るしかないか」
「霊夢、待ってくれ」
早速飛び立とうとする霊夢を、慧音が呼び止める。
「霊夢、調べるついでに私の手伝いをしてくれないか。他の集落も隠さなければならないが、なにぶん精霊の数が多すぎる。手伝ってくれるならこちらは助かるし、もしかしたら他の集落には何かを知ってる者もいるだろう」
「……そういうことなら、まあ」
ここに今、毛玉の増殖から幻想郷を救う、巫女と歴史家の即席コンビが誕生したのである。